大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2858号 判決

控訴人

有限会社平商事

右代表者代表取締役

平庄市

控訴人

平庄市

被控訴人

山形県

右代表者知事

板垣清一郎

右訴訟代理人弁護士

古澤茂堂

右指定代理人

斎藤久子

外三名

被控訴人

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

河村吉晃

伊東敬一

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは各自、控訴人有限会社平商事に対し、金二二二八万五七八三円及び内金一一五万三二九〇円に対する昭和四四年六月一日から、内金三九四万四三四四円に対する昭和四五年六月一日から、内金三三五万一六六七円に対する昭和四六年六月一日から、内金三九五万六九三七円に対する昭和四七年六月一日から、内金三九六万〇七八五円に対する昭和四八年六月一日から、内金三六六万八七六〇円に対する昭和四九年六月一日から、内金二二五万円に対する昭和五三年八月三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、控訴人平庄市に対し、金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和四三年一二月一八日から、内金一〇万円に対する昭和五三年八月三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中控訴人有限会社平商事と被控訴人らとの間に生じた分は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人らの連帯負担、その余を同控訴人の負担とし、控訴人平庄市と被控訴人らとの間に生じた分は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人らの連帯負担、その余を同控訴人の負担とする。

この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

被控訴人らはいずれも控訴人有限会社平商事のため金一〇〇〇万円、控訴人平庄市のため金三〇万円の担保を供するときは、各控訴人による前項の仮執行を免れることができる。

事実

一  控訴の趣旨

「原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは各自、控訴人有限会社平商事(以下「控訴会社」という。)に対し、金二億〇五三一万一八五九円及び内金一九二万二一五一円につき昭和四四年六月一日以降、内金六五七万三九〇八円につき昭和四五年六月一日以降、内金六七〇万三三三四円につき昭和四六年六月一日以降、内金九九〇万九五四二円につき昭和四七年六月一日以降、内金一三二〇万二六一八円につき昭和四八年六月一日以降、内金一八三四万三八〇三円につき昭和四九年六月一日以降、内金二八四八万五三八〇円につき昭和五〇年六月一日以降、内金三一八八万八九三四円につき昭和五一年六月一日以降、内金三六七九万〇二一五円につき昭和五二年六月一日以降、内金三五六七万〇八五五円につき昭和五三年六月一日以降、内金一六六万一五五〇円につき昭和五三年六月一七日以降、内金一四一五万九五六八円に対する昭和五三年八月三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人らは各自、控訴人平庄市(以下「控訴人庄市」という。)に対し、金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和四三年一二月一八日以降、内金一〇〇万円に対する昭和五三年八月三日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却の判決を求める。

三  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり附加、訂正するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一三枚目裏一〇行目の「昭和四四年二月一七日」を「昭和四三年一二月一七日」と、原判決一七枚目裏七ないし九行目の「右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年八月三日から」を「右各金員中の前記控訴の趣旨記載の各内金につき同記載の日から」とそれぞれ訂正する。)。

(控訴人らの主張)

1  被控訴人国は児童福祉法による児童福祉施設の設置の認可事務、管理運営の監督事務を都道府県知事に委任しており、本件認可処分についても、本件児童遊園が児童福祉施設としての適格性を有するかどうかを判断し、児童福祉施設としての認可処分をするにつき、主務大臣たる厚生大臣において山形県知事を指揮監督するものと定められているのである(地方自治法一五〇条、一四八条二項、同法別表第三(五〇))。しかるに、厚生省当局は、本件児童遊園が児童福祉法の定める基準に適合していないことを知り、本件認可処分が行政権の著しい濫用となることを知りながら、本件認可処分がなされるのを漠然と放置黙認したのであるから、被控訴人国においても山形県知事に対する指揮監督を怠つたものとして、控訴人らに対し国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を免れない。

2  山形県知事は前記のとおり昭和四三年六月一〇日本件児童遊園を児童福祉法に基づく児童福祉施設として認可する旨の本件認可処分をしたので、控訴会社は、これにつき山形県知事に対し異議の申立てをするとともに、上級行政庁である厚生大臣に対し、昭和四三年八月四日、行政不服審査法五条に基づき、本件認可処分が違法かつ不当であること、すなわち本件児童遊園はその設備が貧弱であるうえ著しく環境不良な場所にあつて、とうてい児童福祉法の定める条件に適合しないにもかかわらず、控訴会社の個室付浴場営業を阻止することを主たる目的として意図的になされたものであることを主張して、これの取消を求める審査請求をした。

一般に審査請求を受理した行政庁は、すみやかに審査、判断をすべき義務を負うものであるにもかかわらず、厚生大臣は右審査請求に対し、山形県側の一方的説明を聞いたのみでなんら調査をすることもなく漫然と放置してこれを握り潰し、山形県知事のした前記違法・不当な認可処分を黙認した。本件認可処分の違法性、不当性は極めて明白であつたから、厚生大臣が誠実に控訴会社の審査請求に対処していたならば、本件児童遊園が児童福祉法に適合せず、ただ控訴会社の営業を阻止することのみを目的として認可されたものであることが容易に判明し、前訴の民・刑事事件における最高裁判所の判決を待つまでもなく、認可処分は取り消され、控訴会社は極めて早い時期から通常の個室付浴場営業を行うことができたものである。

厚生大臣がこのように山形県知事の違法な認可処分について控訴会社の審査請求を無視し、右処分を放置、黙認したことは、監督官庁としての指揮・監督義務を違法に懈怠したものというべきであり、それは行政不服審査法に違反するのみならず、憲法一六条(請願権)、二二条(営業の自由)、二九条(財産権)に基づく権利を侵害するものでもある。

控訴人らは厚生大臣の右違法な懈怠行為により前記の損害を被つたものであるから、この点からも、被控訴人国は国家賠償法一条一項、三条一項により控訴人らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  なお、本件認可処分は、公権力の行使にあたる山形県知事がその職務を行うにつき故意をもつてこれをなしたものであるから、被控訴人山形県に対する関係において国家賠償法一条一項の適用をも主張する。

4  被控訴人国の消滅時効完成の抗弁は否認する。控訴人らは被控訴人国から本件認可処分を委任された山形県知事の行政権の濫用を理由として、被控訴人山形県に対し国家賠償法に基づく損害賠償を求める訴えを提起しているのであり、本件認可処分の違法を理由とする被控訴人国に対する請求も被控訴人山形県に対する右請求とその基礎を同じくするものであるから、右抗弁は理由がない。

(被控訴人国の主張)

1  控訴人らの当審における主張1、2は被控訴人国に対する新たな訴えの追加とみるべきところ、旧訴が酒田区検察庁検察官の行つた起訴の違法を理由とするものであつたのに対し、新訴は本件認可処分及びこれについての審査請求に対する厚生大臣の対応が違法であることを理由とするものであつて、その間になんらの事実の共通性もないから、請求の基礎に変更があるというべきであり、さらに右変更を認めることは著しく訴訟手続を遅滞させることにもなるから、右変更は許されるべきではない。

2  控訴会社が本件認可処分につき厚生大臣に対し審査請求をしたとの点は不知。

厚生大臣において裁決をしていないことは認めるが、そもそも正式に不服申立があつたか否かさえ不明であつて、認可処分を黙認したとの点は争う。

3  控訴人らは、遅くとも旧訴を提起した昭和五三年当時には損害の発生を知つていたとみるべきところ、新訴の請求は控訴審において初めてなされたものであり、その間に三年が経過していることは明らかであるから、新訴の訴訟物たる損害賠償請求権は既に時効消滅している。被控訴人国は本訴において右消滅時効を援用する。

理由

一1  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない(ただし、当時施行の風俗営業等取締法は昭和五九年法律第七六号により風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律として改正される以前のものである。)。

2  控訴人庄市が浴場業の許可の申請をしてから控訴会社がいわゆる個室付浴場業を開始するまでの事実の経過に関する当裁判所の認定は、原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決二六枚目表四行目から同三五枚目表五行目まで)を引用する(ただし、原判決二八枚目表末行の「同法三五条三項」の次に「(昭和六〇年法律第九〇号による改正前のもの)」を加える。)。

3  請求原因1(四)及び(五)の事実は当事者間に争いがない。

二被控訴人山形県の損害賠償責任の責任原因に関する当裁判所の判断は、原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決三五枚目表七行目から同三八枚目裏八行目まで)を引用する。

三被控訴人山形県主張の消滅時効の抗弁に関する当裁判所の判断は、原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決三九枚目表初行から同四一枚目表三行目まで)を引用する。

四被控訴人国の損害賠償責任について

1  本件認可処分に基づく責任について

(一)  控訴人らは、当審において、厚生大臣は山形県知事が本件認可処分をするについて事前の指揮監督を怠り、かつ、事後においてもこれの取消しを求めてなされた審査請求を放置した旨主張して被控訴人国の責任を追及するところ、被控訴人国は、控訴人らの右主張は訴えを追加的に変更するものであり、かつ、新たな訴えと従来の訴えとは請求の基礎に同一性がなく、訴えの変更により訴訟手続を著しく遅滞させるから、右変更は許されるべきでないと主張する。

しかしながら、控訴人らは原審以来、被控訴人国が関係する公権力の行使として、酒田区検察庁検察官がした控訴人庄市に対する勾留請求及び起訴のほかに、山形県知事がいわゆる国の機関委任事務として行なつた本件認可処分をも主張していたのであり、かつ、被控訴人らに対し同一の損害につき各自が賠償すべきことを訴求していたのであるから、控訴人らは当初から被控訴人国に対しても本件認可処分が公権力の違法な行使であることを理由とする訴えを提起していたとみるべきであり、したがつて、当審において控訴人らが前記主張を追加したからといつて、それが新たな訴えを追加したことになるものではなく、当該公権力作用に関与した公務員として厚生大臣を追加する主張をしたに過ぎないというべきである。

そうすると、被控訴人国の前記訴えの変更不許の主張はその前提において失当であり、同様の前提にたつ消滅時効の主張も失当である。

(二)  そこで、本件認可処分に基づく国の責任についてみるに、本件認可処分が、控訴会社の個室付浴場営業を阻止することを主たる目的としてなされたものであり、児童福祉施設の存在により右営業を形式的に違法なものとすることによつて刑事・行政両面からの規制を可能にしようとしたものであること、そして本件認可処分は、それが本来の制度目的と異なる目的に利用されたことの故に行政権の著しい濫用として違法な公権力の行使とみなされるべきことは、先に被控訴人山形県の損害賠償責任に関しても引用した原判決理由のうちの原判決三五枚裏二行目から同三六枚目裏五行目までと同一であるから、これを引用する。

このように、本件認可処分は違法無効であり本来何らの規制的効力を有しない筈のものであるが、その事実上の存在が山形県警察の行なつた前記捜査活動及び控訴人庄市の逮捕並びに山形県公安委員会の行なつた本件営業停止処分の根拠となつたことは前記認定の事実経過から明らかであり、また右各規制を行なつた山形県警察当局、山形県公安委員会当局と右規制を可能にするために本件認可処分をした国の機関たる山形県知事との間に、控訴人庄市ないし控訴会社の個室付浴場営業を阻止するという共同の目的があつたことも右の事実経過から明らかである。

そしてまた、児童福祉施設の設置の認可に関する事務については主務大臣(厚生大臣)が都道府県知事を指揮監督するものと定められており(地方自治法一五〇条、一四八条二項、同法別表第三(五〇))、本件認可処分についても、原審証人吉村敏夫の証言によれば、山形県当局は、その処分をするに当たり、厚生省担当局にその状況を説明してその指導を受けていることが認められるのである。

したがつて、被控訴人国は、国家賠償法一条一項、四条、民法七一九条に基づき、本件認可処分及びそれに引き続き控訴人らに加えられた刑事的、行政的規制に起因して控訴人らが被つた損害を相当因果関係の認められる範囲において賠償すべきものといわなければならない。

なお、控訴人は、当審において、厚生大臣が本件認可処分に対する審査請求を無視し右処分を放置・黙認したことは、監督官庁としての指導監督義務を違法に懈怠したものであると主張して、被控訴人国に対し損害賠償を求めているが、本件認可処分についての厚生大臣に対する審査請求が正式に受理されたことを認めるに足りる証拠は存在しないのみならず、右主張の事実は、前記認定の本件認可処分にかかる被控訴人国の違法な公権力の行使と別個の違法行為を構成するものとはいいがたいから、これについてさらに論及することは必要でない。

2  控訴人らの被控訴人国に対する損害賠償請求のうち、酒田区検察庁検察官のした勾留及び起訴を理由とする部分については、当裁判所も被控訴人国の責任は認められないと判断するものであるが、その理由は原審のそれと同一であるから、原判決理由説示中右に関する部分(原判決四一枚目表五行目から同四三枚目裏六行目まで)を引用する。

五被控訴人らが賠償すべき損害の範囲及びその額についての当裁判所の判断は、次のとおり加削、訂正するほか、原審が被控訴人山形県に関して説示するところ(原判決四四枚目表八行目から同五五枚目表六行目まで)と同一であるからこれを引用する。

1  原判決四四枚目表八行目の「そこで、」から同裏初行の「負うところ、」までを「そこで、さらに進んで、被控訴人らが賠償すべき損害の範囲及びその額について判断するに、前記のとおり、被控訴人らはいずれも、本件認可処分及びそれに引き続き控訴人らに加えられた刑事的、行政的規制に起因して控訴人らが被つた損害を相当因果関係の認められる範囲において賠償すべき責任を負うところ、」と、同九行目の「被告山形県は、」を「被控訴人らは」と、それぞれ訂正する。

2  原判決四六枚目表八行目の「別表」から同一〇行目の「である)」までを「(別表(一)「期間」欄記載の各期間ごとの実際の入浴客数は、昭和四六年七月一日から昭和四七年四月三〇日までの分及び同年五月一日から同月三一日までの分を除いて、同表「実入浴客数」欄記載のとおりであり、昭和四六年七月一日から昭和四七年四月三〇日までの実入浴客数は三〇七三人、同年五月一日から同月三一日までの実入浴客数は三三五人である。)」と訂正する。

3  原判決四七枚目表七、八行目の「一〇六〇人」を「少なくとも控訴会社主張のとおり一〇四九人」と、同末行の「六月三一日」を「六月三〇日」と、同裏八行目の「4(一)(2)」を「4(一)(1)」とそれぞれ訂正し、同八、九行目の「被告山形県が責任を負うべき」を削除する。

4  原判決四九枚目裏六、七行目の「ところ、」を「のであつて、」と訂正し、その後に「前記の山形県警察による捜査活動及び山形県公安委員会による営業停止処分並びに営業再開後にも暫らくは続いた右任意捜査活動の控訴会社の営業に対する影響力が、以後約九年間にわたつて同程度に持続したということはとうてい考えられないところである。もつとも、前記のとおり、昭和五三年に最高裁判所によつて本件認可処分が違法であり控訴会社の営業を規制する効力を有しない旨の判断が示されるまでは、控訴会社においていわゆる個室付浴場業を営むこと自体が刑罰法規に触れるという見解が公的に通用していたというべきであるから、その間実際には検挙又は強制捜査が行われなかつたとしても、それらが行われる可能性は存在したといわざるを得ず、そのことが控訴会社の営業になんらの影響も及ぼさなかつたとはにわかに断定しがたい。しかしながら、他方、」を加える。

5  原判決五〇枚目裏三行目の「など」から原判決五一枚目表初行の末尾までを「が認められるのであつて、とりわけ、前記最高裁判所の判決の後においても入浴客数が増加しないという事実は、右判決の当時においては既に前記捜査活動及び営業停止処分はもちろんのこと、本件認可処分の存在も本件浴場における入浴客数の低迷の原因ではなくなつていたことを示すものというべきであり、右事実は又それ以前における入浴客数の一日平均四一人の水準からの落ち込みのすべてを被控訴人らの所為に帰せしめることができないことをも意味しているといわざるを得ない。」と訂正する。

6  原判決五一枚目表初行の後に行を改めて以下を加える。

「ところで、弁論の全趣旨によれば、いわゆる個室付浴場業において女性従業員が入浴客に提供するサービスの本来の形態は、客の体の洗い流し及び身体各部の筋肉マッサージの限度に止めるべきものであるが、巷間、女性従業員が男性客の性器のマッサージを行い、場合によつては同時に男性客が女性従業員の性器をもてあそぶのを許容することをもつて特別のサービスと称し、入浴客の求めに応じてこれを行う例があることが認められ、〈証拠〉によれば、本件浴場においても昭和四三年一二月一六日以前には時にこの種のサービスが行われ、経営者もこれを黙認していた事実を認めることができる。

しかし、〈証拠〉によれば、営業を再開したとはいえ通常の個室付浴場営業自体が違法視される状況のなかで控訴会社が再度の検挙を回避しながら営業を継続するためには、少なくとも右の特別のサービスの提供は自粛せざるを得ず、控訴会社代表者は、女性従業員に対しこれを行うことのないよう指導、監督に努めていたことが認められる。しかして、いわゆる個室付浴場を訪れる入浴客の中にはこの種のサービスを受けることを期待する者が少なからず存在することは公知ともいうべきところ、このことと右に認定したところとを合わせ考えると、営業再開後における控訴会社の入浴客数の落ち込み分の内には控訴会社が経営する本件浴場においては右のサービスを期待し得なくなつたことに起因する部分が少なからず存在するものと推認するに難くない。

もちろん、この種のサービス自体が処罰の対象となることはなく、また個室付浴場営業がこの種のサービスを伴つたからといつてそのことの故に取締の対象とされるものでもないが、刑事法上適法な行為によつて達成しうる利益であるからといつて常に民事法上の保護を受け得るとは限らないと解すべきところ、この種のサービスを伴う個室付浴場営業が善良の風俗を害する性質のものであることは否定しがたいことに照らすと、個室付浴場営業における営業実績のうち入浴客の右サービスに対する期待によつて支えられている部分は本来民事法上の保護に値しないものというべく、したがつて、それが第三者の行為によつて侵害された場合でも、特段の事情のない限り、損害賠償請求権は発生しないと解するのが相当である。

以上の点を総合すると、前記違法な公権力の行使と相当因果関係のある控訴会社の逸失入浴料収入は、原判決添付別表(一)に期間別に記載されている逸失入浴客数(先に認定した同別紙記載の期間別実入浴客数と前記の一日当たりの平均入浴客数四一人をもとに算出した同一期間の得べかりし入浴客数との差である。ただし、昭和四六年七月一日から昭和四七年四月三〇日までの期間については、実入浴客数は前記のとおり三〇七三人、昭和四七年が閏年であること公知の事実であるから(前掲甲第三七号証の三三参照)右期間の日数は三〇五日、得べかりし入浴客数は一万二五〇五人であり、したがつて逸失入浴客数は九四三二人となり、同年五月一日から同月三一日までの期間については、実入浴客数は前記のとおり三三五人であるから、逸失入浴客数は九三六人となる。)に期間毎に定める後記の一定の割合を乗じた人数を基礎としてこれに前記認定の入浴料金を乗じて算出するのが相当と解される。そして、右割合としては、

昭和四五年五月三一日まで 六〇パーセント

昭和四六年五月三一日まで 五〇パーセント

昭和四七年五月三一日まで 四〇パーセント

昭和四八年五月三一日まで 三〇パーセント

昭和四九年五月三一日まで 二〇パーセント

をもつて相当とし、昭和四九年六月一日以降については、前記逸失入浴客数によつて表現されている入浴客の減少と前記違法な公権力の行使との間の相当因果関係自体を認めがたい。」

7  原判決五一枚目表二行目の「そうすると」から同裏二行目の末尾までを「そこで、昭和四三年一二月一七日から昭和四九年五月三一日までの間に控訴会社が前記違法な公権力の行使によつて失つた入浴料収入を期間別に算出すると別紙計算書1記載のとおりとなる(ただし、前記のとおり、本件浴場の入浴料金は昭和四七年四月二五日から従前の一五〇〇円が二〇〇〇円に改められたことが認められるが、控訴人らは右料金が昭和四七年五月一日から二〇〇〇円に改められたと主張しており、したがつて、右入浴料金収入の計算上は控訴人の主張するところによるものとする。)。」と訂正する。

8  原判決五一枚目裏三行目の「そこで」を「次に、前記逸失入浴料収入から賠償されるべき逸失利益を算出するには必要経費を控除することを要するから」と、原判決五三枚目表八行目の「原告会社の」から同一〇行目末尾までを「被控訴人らにおいて賠償すべき控訴会社の期間別逸失利益は別紙計算書2記載のとおりであり、その総額は金二〇〇三万五七八三円となる。」とそれぞれ訂正する。

9  原判決五四枚目表六、七行目、同裏三行目及び原判決五五枚目表五行目の各「被告山形県に対し」を「被控訴人らに対し」と、同裏一〇行目の「金一〇〇万」を「金一〇〇万円」と、それぞれ訂正する。

六以上によれば、控訴人らの被控訴人らに対する請求は、損害賠償として、控訴会社については、被控訴人らに対し各自金二二二八万五七八三円及び内金一一五万三二九〇円に対する昭和四四年六月一日(逸失利益算定期間の終期の翌日、以下同じ)から、内金三九四万四三四四円に対する昭和四五年六月一日から、内金三三五万一六六七円に対する昭和四六年六月一日から、内金三九五万六九三七円に対する昭和四七年六月一日から、内金三九六万〇七八五円に対する昭和四八年六月一日から、内金三六六万八七六〇円に対する昭和四九年六月一日から、内金二二五万円に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五三年八月三日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、また被控訴人庄市については、被控訴人らに対し各自金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する前記逮捕の翌日である昭和四三年一二月一八日から、内金一〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年八月三日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから右の限度においてそれぞれこれを認容し、控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。

よつて、原判決は右と結論を一部異にするので原判決を本判決主文第二、三項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋正 裁判官清水信之)

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